部屋に飾る花

 今の職場は歓楽街が近いせいもあるのか、夜遅くまで開いている花屋が多い。残業帰りにふらっと小さなブーケを買って部屋に飾ったら予想外に気分がよくて、花瓶もないのに小さな花を買うようになった。現在の花瓶はワンカップ酒のグラスだったりする。さすがに大○とかではないけれど。

 

 一人暮らしの部屋に、しかも平日は毎日仕事で遅く帰り、朝は起きると同時に出て行くような部屋に、花を飾る必要なんてあるんだろうかと思っていた。週末だってろくにいないし、いたらいたでうとうとしてばっかりだ。切り花は飾られてこそだし、飾った以上見られてこそなのに、もったいないというかむしろ花に申し訳ないような気持ちになるので、買ってまで飾りたいと思っていなかった。なんだろう。一人暮らしなのに無駄にハイスペックな家電を買ってしまったような罪悪感に近いのかもしれない。

 私の背中をぐいっと押してくれたのは、この部屋に当る西日の強さだった。年明け、少しの間在宅で仕事をしていた期間があって、その時、自分の部屋はとにかく日当りがいいこと、特に西日が強烈に当る時間があることを再確認した。
 よくわからないけど、これだけ日が当たるなら、水さえ替えておけば花はそれなりに元気に咲いてくれて、私がいるとか見てるとか関係ないなと急に思ったのだ。

 寝起きに視界に入る花、夜遅くに帰っても咲いている花は、寝る前に作っておいた汁物や簡単なおかずを翌日食べる嬉しさに近い。昨日の自分のほんの少しの手間が、次の日の自分の気分をちょっとだけ上げる。切り花を飾るのは自炊よりもさらに簡単で、プロが咲かせて、良い状態にしておいたものを花瓶もといワンカップに挿すだけ。

 ていねいな暮らしみたいなものとはほど遠いけれど、これはこれで悪くない趣味なのかもなあと、テレビ台の端に咲く花を時々眺めてはにやにやしている。

 

 あとはまあ、仕事やその他諸々がどれだけ殺伐としてあれもこれも気に入らないといきり立っていても、花はきれいに咲いているなあと思う気持ちがあるなと。花をきれいだと思うイコール人の心を失っていない、ではないとは思うけれど、ふっと冷たいおしぼりを手渡してくれるような役目が私の部屋の花にはある。