晴れている日もいない日も

都内でうろうろしてる会社員の日常

「愛と欲望の雑談」

雨宮まみ 岸政彦「愛と欲望の雑談」を読んだ。

 

この本は昨年の9月に刊行されたもので、読もうと思っていたら雨宮さんが亡くなってしまい手に取れずにいた。私は雨宮さんを「女子をこじらせて」で知ってから、書かれるものを追いかけていたし TwitterInstagram までフォローしていた1ファンだった。
結果としてこの本は雨宮さんの遺作となり、これを読んでしまったらもう新作はないと思ったら寂しかった。

「コーヒーと一冊」というシリーズから出ている本ではあるけど、私はお酒を飲みがなら読んだ。

 

個人のコミュニケーション能力に任せてしまうと格差は広がるばかりだけど本当にそれでいいの?という話や、個人のしんどさが聖化される話、持っている方が叩かれる話。それらはネット上の言説でも目にするような話題だけれど、このお二人の会話には、問題を鋭く指摘してやった!という匂いや、論破してやる!みたいな雰囲気が全くなくて、ただ本当にやわらかい言葉で雑談をしているからこそ、こちらの身に染みた。私が住んでる世界の話をしているのだと思った。
なのに後半、浮気の話になったらお互い相容れないところが明らかになり、急に「いい試合」とか言い出すので笑ってしまった。

 

この本によって私は岸政彦さんという方を知って、その後、岸さんが書かれたこの文章を読んだ。

さようなら – sociologbook

「雨宮さんの文章で救われ」た私は、岸さんのこの文章にも救われて、悲しいことはとことん悲しんでいいし落ち込んでいいし、会ったこともない人のために泣いてもいいのだと心底思った。

 

本のあとがきで雨宮さんが書いた「話すだけで、世界は豊かになる。自分の世界も、他人の世界も。」という言葉をしっかり握りしめていきたい。言葉を惜しまずに伝える。自分に向けて発された言葉を決して軽んじない。

 

お見送り

去年の夏頃から、新しい場所に旅立つ人を見送る機会が続いている。

 

理由や行く先は様々だし、幼稚園や小学校の頃からの友人もいれば、趣味で知り合って親しくしていた人、よくいくお店の常連さんだったり、全て異なる話ではあるけれど、とにかく私は手を振って見送るのだ。見送ることさえ出来ず、本当に遠くに旅立ってしまった人もいたのだから、見送ることが出来ただけでも運がある。

 

遠く離れてしまっても、お互い会いたいという気持ちとタイミング、場合によってはちょっとのお金と体力さえあれば、また会えるということを私は知ってる。これは大人になってしばらくしてわかったこと。大人っていいよね。

 

見送った分新しく出会えるってものでもないから、しばらくはいつもの電車が妙に空いてるみたいな感覚で過ごすことになる。そりゃあ少しはさびしいけど、悲しい話ではないからいいのだ。

 

かわいいから逃げ切れない

30代向け女性ファッション誌を読んでいたら、35歳からの結婚特集があり、カリスマ婚活アドバイザーがブラックコーヒーにダメ出ししていた。理由は「かわいくない」から。お見合いやデートの席では飲んではダメ。温かい飲み物なら紅茶かカフェオレらしい。

 

白やピンクのやわらかい服を着ろとか、髪はツヤ重視なので巻くべきとか、相手の目を見て相槌をうちながら話を聞けなんていうのはまあ想像の範囲内だけど、ブラックコーヒーがダメ出しされるの!?って吹きそうになった。飲んでたのブラックコーヒーだし。だから私は結婚に縁がなかったのねーと3秒くらいしみじみ省みたものの、だめだ、やっぱりこれはネタとしか思えない。

 

結局男性はわかりやすい女性らしさ=かわいさが好き、っていうのはある部分で真実なのだろう。とはいえなあ。アラサーどころか40過ぎようがかわいくあれって、個人のポリシーは自由だけど、さもこの世の常識のように説くのはさすがにどうかと思った。死ぬまでかわいいは正義なのか。
どちらかといえば、いい大人になっても自分をかわいく見せようとあの手この手でがんばる姿が一周回ってかわいいっていう話のほうがわかる。でもその「かわいい」って上からみた「カワイイとこあるじゃーん(笑)」みたいなやつだよね。そしてそれは「イタイ」と紙一重でもある。

誌面にはその婚活アドバイザーに指導を受けて結婚した編集者も登場し、本来女性ならばもっているかわいらしさが云々などと言い出してしまったので、かわいいの闇は深いなあと改めて感じた次第。